大東いずみ先生 インタビュー

沢津橋:令和4年度「さきがけ」加齢による成体変容の基盤的な理解/加齢変容での採択と伺いました。参考1
今回採択された研究内容について紹介してください。

大東:胸腺参考2という臓器の研究で、老化に着目した研究です。胸腺はリンパ球のT細胞をつくる働きを担っていて、胸腺の上皮細胞がこれに大きくかかわっています。また、胸腺は体をつくる組織の中で最初に退縮する臓器です。その退縮の原因は、胸腺上皮細胞が一番最初に変容してしまうことが原因ではないかと考えられていますが、そのメカニズムが良く分かっていません。これを解明しようという研究です。

沢津橋:胸腺において、退縮とはどういった現象ですか?発生段階の一つの過程なのですか?

大東:胸腺は発生の過程でどんどん大きくなって、ヒトでは思春期ごろにサイズのピークを迎えると言われています。一方で、1歳のころから胸腺の機能は低下して、胸腺の実質自体はどんどん小さくなると言われています。代わりに脂肪組織が増えてくるため、組織全体のサイズは思春期ごろまで大きくなります。

大東:この胸腺が退縮するという原因が、胸腺上皮の変容、変化してしまうことだとされています。

沢津橋:本研究では、胸腺上皮細胞の変容に着目されるということですが、特にどんな現象に注目していくのでしょうか?

大東:代謝の変化とオートファジー参考3という現象に注目しています。

大東:例えば、T細胞が老化したら、嫌気性の糖代謝が上昇するとか、グルタミン代謝が上昇するといった現象が知られています。しかし、胸腺上皮細胞は単離が難しくて、解析に十分な数を取るのが難しいため、そのような代謝の解析はほとんどされていないです。

沢津橋:T細胞をはじめとするリンパ球は細胞の数も多く、解析がやりやすい。一方で、胸腺の実質であるにもかかわらず、細胞上皮細胞は単離できる数が少なくて解析がなされていない、ということですね。

大東:私が数年前に行った胸腺上皮でのプロテオーム解析で、代謝に関わる分子が多く検出されていたのです。そのデータから、代謝と胸腺上皮の機能や老化について明らかにしようというのが目的の一つです。

沢津橋:この場合は、胸腺上皮細胞とその他の上皮細胞で比較したということですか?

大東:胸腺上皮は皮質上皮細胞参考4と髄質上皮細胞参考4の2種類があって、この2つの細胞で比較しています。この研究ではこの2つの上皮細胞がターゲットなのですが、特に皮質上皮細胞に注目しています。なぜかというと、皮質上皮の方が加齢に伴う影響を大きく受けるということが知られています。例えば、皮質上皮は胸腺を作る細胞の中ではサイズが大きい細胞ですが、年を取るとそれが小さくなって細胞のサイズ自体が縮小してしまと言われています。また、加齢によって発現が変動する遺伝子の数が圧倒的に多いことも知られています。

沢津橋:胸腺に存在する2種類の上皮細胞で比較したということですね。それぞれ、免疫機能の獲得に重要な「正の選択」、「負の選択」を担っている細胞ですね。
それでは、オートファジーに注目している理由は何ですか?

大東:オートファジーは細胞内の不要なタンパクを分解して、細胞の恒常性を維持するために働いています。いろいろな細胞で老化に伴って、オートファジーの機能が低下することが分かっています。

大東:一般的に、オートファジーは細胞が飢餓状態にある時に活性化して、タンパクを分解してそれを栄養源として再利用するのですが、胸腺上皮細胞では、オートファジーは飢餓状態と関係なく、いつも活性化しているといわれています。このオートファジーの機能は、皮質上皮細胞での「正の選択」や髄質上皮細胞の「負の選択」での抗原提示に必要な機能であることは分かっていますが、上皮細胞の老化との関連性についてはよく分かっていません。これを明らかにしようというのが2つ目の目的です。

大東:3つ目の目的として、胸腺の退縮不全マウスを用いて、胸腺はなぜ退縮する必要があるのかを解明したいと思います。一般的に胸腺が退縮すると、例えば、がんの発症率が上がったり、感染症にかかりやすくなったり、お年寄りだとワクチンに対する応答性が低かったり、といった獲得免疫機能の低下に関わっていると言われています。

沢津橋:だとすると、胸腺の退縮不全マウスは健康なマウスになるのですか?

大東:免疫機能のみの観点から考えると、おそらく胸腺は退縮しない方がいいのかもしれません。ですが、胸腺退縮不全マウスは痩せていて健康とは言えません。もしかすると、胸腺の退縮はほかの生体機能に必要な現象であるかもしれない、と考えています。

沢津橋:これまでの経験から、このような老化研究を始めるに至ったきっかけを教えてください。

大東:私はもう20年くらい胸腺の研究を行ってきて、この10年くらいは胸腺上皮の研究、特に胸腺上皮の前駆細胞からどうやって皮質上皮細胞や髄質上皮細胞ができるのかという研究をやってきました。今日本は超高齢化社会で健康寿命をいかに伸ばすかというのが大きな課題になっているという背景があり、これまでの胸腺上皮細胞の研究を基盤として新たな研究を展開するという時に、臓器の中でいち早く退縮が起きる胸腺を、老化研究のモデル臓器として使えるのではないかと考えました。

沢津橋:本来であれば、老化という研究はマウスであっても2年はかかる研究ですよね。そこで、早期に老化に類する表現型を呈する臓器として、胸腺に着目したということですね。先ほどのお話では、思春期以降には退縮しているということなので、生後8週齢くらいまでをターゲットの期間として老化研究が可能になるということですね。

沢津橋:それでは、技術的な観点から本研究の特徴を教えてください。

大東:プロテオーム解析は本研究所・細胞情報学分野参考5の小迫先生との共同研究で進めています。糖代謝をターゲットとした網羅的なメタボローム解析については、今回のさきがけで同期として採択された熊本大学・国際先端医学研究機構の有馬先生参考6とコラボレーションする予定です。

大東:このようなメタボローム解析でも、胸腺上皮細胞の数が100倍近く増加している胸腺退縮不全マウスが強力なツールになると考えています。

沢津橋:新たな解析手法を確立するために、有用な遺伝子改変マウスを利用するストラテジーは重要ですね。

共同利用機器セルソーター (BD社FACS Verse)

沢津橋:最後に今回の研究テーマでは研究所の共同利用機器参考7も利用されると思うのですが、良い点や改善すべき点があれば教えてください。

大東:装置は充実していると思います。細胞分取のためのセルソーターやデジタルPCR装置、マウス血液の生化学検査ができる臨床科学自動分析装置(スポットケム)、RNAシーケンスの解析ソフトウェア (CLC Genomics Workbench) などをよく利用します。改善点として、海外では一般的だと思いますが、共通機器専属のオペレーターがいてくれたらありがたいなと思います。

沢津橋:少数の細胞を解析するため、細胞を分ける装置や微量なDNAやRNAの分析装置を利用されているのですね。オペレーターに関しては今後の課題と思います。
どうもありがとうございました。

参考1:https://www.jst.go.jp/kisoken/presto/project/1112108/1112108_2022.html
参考2:胸腺は心臓の上前部に位置する臓器で、Tリンパ球を分化、成熟させる働きを担っている。乳幼児ではよく発達しているが、高齢者ではほとんどが脂肪に置き換わっている。
参考3:オートファジー(自食作用)とは、細胞内の不要になったタンパク質を分解し、再利用する仕組みのこと。
参考4:胸腺での成熟過程において、T細胞は、「正の選択」と「負の選択」という2段階の選択を受け、非自己 (異物) を認識し、自己を異物として誤認しないT細胞が生成される。異物を認識する能力を持つT細胞は「正の選択」を受ける。「正の選択」を受けたT細胞のうち、自己を異物として誤認する細胞は「負の選択」により除去される。このうち皮質上皮細胞が「正の選択」、髄質上皮細胞が「負の選択」を担っている。
参考5:先端酵素学研究所・細胞情報学分野 https://www.iams.tokushima-u.ac.jp/lab/kosako/
参考6: 熊本大学・国際先端医学研究機構・有馬研究室 https://ircms.kumamoto-u.ac.jp/members/pis/yuichiro_arima/
参考7:学内の方で、先端酵素学研究所内に整備された共同利用機器を利用したい方はこちら